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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)9号 判決 1969年2月18日

原告 東京貿易株式会社

右代表者代表取締役 松宮康夫

右訴訟代理人弁護士 菅野次郎

被告 日本電工株式会社

右代表者代表取締役 阪田純雄

右訴訟代理人弁護士 梶谷丈夫

同 板井一瓏

同 舟辺治朗

主文

原告の第一次的、第二次的請求をいずれも棄却する。

原告の第三次的請求のうち金一六、〇二〇、七五二円の支払いを求める部分を却下し、その余を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一求める裁判

(原告)

一  第一次的請求

「被告は、原告に対して、金一六、六三九、四八五円およびこれに対する昭和四〇年一一月二一日以降完済まで金一〇〇円について一日につき金二銭の割合いによる金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

二  第二次的、第三次的請求

「被告は、原告に対して、金一六、〇二〇、七五二円およびこれに対する昭和四〇年一一月二一日以降完済まで金一〇〇円について一日につき金二銭の割合いによる金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

(被告)

一  本案前の裁判

「原告の第三次的請求を却下する。」との裁判。

二  本案の裁判

「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二請求原因

一  第一次的請求

1  原告は、昭和三九年一二月二五日、被告に対し、ソ連産化学用クローム鉱石一、五〇〇乾量メトリックトン(以下乾量メトリックトンをM/Tと表示する。)を次の約定で売却する旨約した。

(一) 基準価格 酸化クローム含有量五〇パーセントを基準として、一M/Tあたり金一〇、五九〇円

(二) 価格調整 酸化クローム含有量五〇パーセントを超える毎に、一パーセントにつき金一七七円八〇銭を基準価格に加算する。

(三) 受渡数量の決定 日本海事検定協会による実貫乾鉱数量

(四) 品位(酸化クローム含有量)決定 日本側、ソ連側の各代表検定人は採取せる試料に基づき、それぞれ品位分析を行い、その結果の平均値を以て最終品位とする。

(五) はねかえり金利 右(一)ないし(四)の約定による代金の支払いが、昭和四〇年一一月二一日以降になされるときは、同日以降右代金に対し、一日について、金一〇〇円につき金二銭の割合いによる金員を右代金に加算し、これを以て売買代金とする。

2  原告は、昭和四〇年七月二七日より同月二九日にわたって、前記鉱石一、五〇〇M/Tを、被告富山工場において、被告に引渡した。

3  請求原因第1項記載の約定のうち、(三)によって、一、五〇〇M/Tと確定し、(四)によって、被告側検定人とソ連側検定人の両者による品位分析がなされ、前者の五二・七〇八パーセント、後者の五二・九五パーセントの平均値五二・八二九パーセントを決定され、(二)によって一M/Tあたり金五〇二円九九銭(以下切りすてる。)を、(一)による基準価格に加算し、前記鉱石一、五〇〇M/Tの売買代金は、約定(五)のはねかえり金利をのぞき、金一六、六三九、四八五円と決定した。

4  よって、原告は、被告に対して、第一次的に、金一六、六三九、四八五円およびこれに対する昭和四〇年一一月二五日以降完済まで金一〇〇円について、一日につき金二銭の割合いによるはねかえり金利を加算した売買代金の支払いを求める。

二  第二次的、第三次的請求

1  原告は、昭和四〇年六月二二日、訴外桑正株式会社(以下桑正という。)に対し、ソ連産化学用クローム鉱石一、五〇〇M/Tを、第一次的請求の請求原因第一項記載の約定(一)ないし(五)で売却する旨約した。

2  桑正は、右同日、被告に対し、右鉱石一、五〇〇M/Tを、前項記載の各約定で売却する旨約した。

3  原告は、昭和四〇年七月二七日より同月二九日にわたって、右鉱石一、五〇〇M/Tを被告富山工場において桑正に引渡し、桑正は、同日、同所においてこれを被告に引渡した。

4  第一次的請求原因第3項記載のとおり、右鉱石一、五〇〇M/Tの売買代金は、約定(五)のはねかえり金利をのぞき金一六、六三九、四八五円と決定した。従って、原告は、桑正に対し、桑正は、被告に対し、各々金一六、六三九、四八五円にこれに対するはねかえり金利である昭和四〇年一一月二一日以降右金員完済まで、一日について、金一〇〇円につき金二銭の割合いによる金員を加算した売買代金債権を有する。

5  原告は、桑正に対する右鉱石の売買により、同鉱石につき先取特権を有するが、同鉱石は、前記のとおり、桑正により被告に売却されたので、原告は、桑正の被告に対する売買代金債権について物上代位権を有するところ、昭和四〇年八月三〇日、計算を誤って、同売買代金のうち金一六、〇二〇、七五二円の債権を保全するため、桑正の被告に対する同金額の売買代金債権に対して仮差押決定(東京地方裁判所昭和四〇年(ヨ)第七、〇三七号債権仮差押申請事件)を取得し、右決定正本は、同年八月三〇日、第三債務者である被告に送達された。

6  よって、原告は、被告に対して、第二次的に、右先取特権の物上代位権により、桑正の被告に対する売買代金のうち金一六、〇二〇、七五二円およびこれに対する昭和四〇年一一月二一日以降完済まで、一日について、金一〇〇円につき金二銭の割合いによるはねかえり金利の支払いを求める。

7  仮りに、右物上代位権の行使には、桑正に対する移付命令を要するとしても、原告は、昭和四二年二月二五日、右物上代位権により、右仮差押にかかる債権を、原告の桑正に対する前記売買代金債権の支払いにかえて転付する旨の転付命令(神戸地方裁判所昭和四二年(ヲ)第三五一号)を取得し、右命令正本は、同月三日、第三債務者である被告に送達されたから、被告に対して、第三次的に、右転付にかかる売買代金一六、〇二〇、七五二円およびこれに対する昭和四〇年一一月二一日以降完済まで一日について、金一〇〇円につき金二銭の割合いによるはねかえり金利の支払いを求める。

第三本案前の主張(第三次的請求に対して)

一  東京地方裁判所昭和四〇年(ワ)第八、〇一六号売掛代金請求事件において、本件原告を受継した桑正破産管財人本田由雄、同本田多賀雄は、本件被告に対して、本件原告が、本訴において主張すると同一内容の桑正と本件被告との間の売買契約に基づき、売買代金一六、六三九、四八五円およびこれに対する昭和四〇年一一月二一日以降完済まで約定による一日について金一〇〇円につき金二銭の割合いによる遅延損害金(はねかえり金利)の支払を求める請求をしたところ、昭和四一年一〇月三一日、右裁判所により、右請求を棄却する旨の判決が言渡され、右判決は、同年一一月一八日、確定した。

二  原告は、右訴訟での口頭弁論終結後、原告主張の転付命令により、右売買代金債権の一部を取得して、本訴においてこれを請求するものであるが、原告は、右判決の既判力を受ける口頭弁論終結後の承継人にあたるから、原告の第三次的請求を却下する旨の裁判を求める。

第四請求原因に対する答弁

一  第一次的請求について

1  請求原因第一項の事実はいずれも認める。

2  同第2項、第3項の事実はいずれも否認する。

二  第二次的、第三次的請求について

1  請求原因第1項の事実は不知。

2  同第2項の事実は認める。

3  同第3項、第4項の事実のうち、桑正と被告との関係に関する部分は認めるが、その余は不知。

4  同第5項のうち、原告主張の仮差押決定正本が、原告主張の日に被告に送達されたことは認めるが、その余は不知。

5  同第6項は争う。

債権者である原告は、移付命令を取得することなく、単に差押をしたのみでは、第三債務者である被告に対し先取特権の物上代位権により、その目的である被差押債権を取立てることはできない。

6  第7項の事実のうち、原告主張の転付命令が原告主張の日に、被告に送達されたことは認めるが、その余は不知。

第五抗弁

一  第一次的請求について

被告は、原告が原告主張の鉱石の輸入について信用状を開設することができず、原告よりこれを購入することが不可能となったので、昭和四〇年六月二二日、原告との合意により、原告主張の、原告、被告間の売買契約を解除した。

二  第二次的、第三次的請求について

被告は、桑正に対して、別紙目録記載の売買代金債権合計金四〇、九〇一、七九二円を有していたので、昭和四〇年八月二八日桑正到達の書面で、右売買代金債権をもって原告主張の債権を含む、桑正の被告に対する債権合計金三八、九五二、二九〇円と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

第六本案前の主張に対する答弁

一  本案前の主張第一項の事実は認める。

二  同第二項の事実は認める。

原告は、原告主張の物上代位権を、被告主張の口頭弁論終結前に取得したのであるから、被告主張の判決の既判力を受けない。

第七抗弁に対する答弁

一  抗弁第一項の事実は否認する。

二  同第二項の事実はいずれも不知。

第八再抗弁

原告は、桑正の枠をかりて信用状を開設する必要があったところから、被告と合意のうえ、桑正をクッションに入れたのであつて、その性質上、桑正は、単に取扱い手数料の収益について利害関係を有するに止まるものであるから、昭和四〇年六月二二日、原告、桑正間、桑正、被告間に前記売買契約が締結されたとき、原告、被告間において、被告は、被告の桑正に対する債権をもつて、原告主張の、桑正の被告に対する債権と相殺しない旨の、相殺禁止の特約が黙示的に成立したというべきである。

第九再抗弁に対する答弁

再抗弁事実は争う。

第一〇証拠関係≪省略≫

理由

(本件経緯等)

一1  第一次的請求の請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に≪証拠省略≫を総合すると、次のとおり認めることができる。

3  原告は、昭和三三年頃より、ソ連産化学用クローム鉱石等をソ連から独占的に輸入し、これを国内で販売していた。

昭和三九年一二月二五日、原告の代表取締役松宮康夫と被告の資材担当常務取締役松尾一郎との間で、左記の趣旨の記載のある売買契約書(甲第一号証)を授受して、その旨約し、原告が被告に対して、ソ連産化学用クローム鉱石一八、七〇〇M/Tを売却する旨の売買契約(以下基本契約という。)を締結した。

(一) 保証品位 酸化クローム五〇パーセント基準 五〇パーセント以上

(二) 価格   英貨£八―一八―七(但し一磅=二八〇換とす)

但し、右は酸化クローム含有量五〇パーセント基準の一M/T            あたり、室蘭港、伏木港又は富山港本船乗渡し価格とする。

(三) 価格調整 酸化クローム含有量五〇パーセントを基準とし、一パーセント増加する毎に、一M/Tにつき、英貨£0―三―六相当額を値増しするものとする。

(四) 受渡数量の決定 第三者の公認検定機関立会いによる実貫数量をもって最               終受渡し湿鉱量とする。

(五) 品位の決定 被告およびソ連側検定人は採取した試料に基づき、それぞれ             水分検定および品位の分析を行い、その結果の算術平均値を             もって最終品位とする。

(六) 支払条件

(1) 精算支払 磅ユーザンス期日までに同期日後六か月目を満期日とする約束手形をもって原告あて支払う。

(2) 銀行諸掛およびその輸入諸掛 本件契約に係る銀行諸掛、はねかえり金利および本品輸入に係る一切の諸掛は被告の負担とし、その金額および支払条件に関しては別途協議するものとする。

(3) 輸入取扱手数料 被告は、原告に対し、品代精算と同時に最終受渡数量一M/Tあたり金四〇〇円を現金で支払う。

昭和四〇年五月一九日、原告の松宮康夫と被告の資材担当常務取締役喜多幡真一との間で、価格を、被告の富山工場納込み渡しのものは、一M/Tあたり金一〇、五九〇円、栗山工場側線乗渡しのものは、一M/Tあたり金一一、〇九〇円とし、価格調整額を金一七七円八〇銭とする旨の協定が成立し、前記契約に定めた取扱手数料はM/T当りの価格に包含されることになった。

4  原告は、被告の月別の船積希望により、ソ連側へ連絡しソ連側で船積みする前の一か月ないし一か月半前に、輸入信用状開設手続をとっていたが、信用状開設は、いずれも、富士銀行日本橋支店においてなされ、原告は、これより、昭和四〇年三月六日より同年七月二六日までの間に、七回にわたり、被告に対して、ソ連産化学用クローム鉱石合計一四、二五〇M/Tを納入した。

5  ところが原告が、前記基本契約に従い、六月黒海船積のソ連化学用クローム鉱石一、五〇〇M/Tを被告に納入するにあたり、富士銀行日本橋支店に対して、信用状開設を申入れたところ、これよりさきに、同銀行と原告との間で、本件のクローム鉱石の輸入業務について、同銀行の原告に与える与信枠は総額二億五千万円とする旨の取りきめがなされていたため、右鉱石一、五〇〇M/T分はこの枠を超えるとの理由により、信用状開設を拒否された。

原告としては、前記基本契約を遵守するためには、右鉱石一、五〇〇M/Tの輸入につき、他の銀行に信用状を開設してもらうかあるいは他の商社の信用状枠を借りるよりほかなかったので、原告の取引銀行の一つである大和銀行に相談した結果、原告との間で商権が競合するおそれの少い桑正が同銀行に対して有する信用状の枠を利用することとなり、被告に諮ったところ、被告においても業務遂行上是非必要であったので、輸入は独占業者である原告がなし、これを輸入業者である桑正が買受け、桑正より被告に売却する、桑正の中間利益はM/T当り金二〇〇円とするとの了解を得、かつまた大和銀行の要請もあって、その旨の各売買契約書を作成することにした。

6  よって、まず、昭和四〇年六月二二日、原告の代表取締役松宮康夫と桑正の東京支店支店長小林茂英との間で、売買契約書(甲第三号証)を授受し、左記の約定で、原告が、桑正に対して、ソ連産化学用クローム鉱石一、五〇〇M/Tを売却する旨を約した。

(一) 基準価格 酸化クローム含有量五〇パーセントを基準として一M/Tあたり金一〇、五九〇円

(二) 価格調整 酸化クローム含有量五〇パーセントを超える毎に、一パーセントにつき金一七七円八〇銭を基準価格に加算する。

(三) 受渡数量の決定 日本海事検定協会により実貫乾鉱数量

(四) 品位決定 日本側、ソ連側の各代表検定人は採取した試料に基づき、それぞれ品位分析を行ない、その結果の平均値をもって最終品位とする。

(五) 受渡条件 被告の富山工場納入渡しとし、同工場納入時に所有権を移転するものとする。

(六) 支払条件 桑正は最終受渡数量および品位決定次第、磅ユーザンス満期日(昭和四〇年一一月二〇日)より起算して五か月目(昭和四一年四月二〇日)を支払日とする約束手形を、磅ユーザンス期日までに原告に交付すること。右約束手形は、被告振出し、桑正裏書のものとする。はねかえり金利は、桑正の負担とし、別途原告あて支払うものとする。

(七) 取扱手数料 原告は、桑正に対して、一M/Tあたり金二〇〇円を、右約束手形支払日に現金で支払うものとする。

右契約(六)において、支払条件としての約束手形は被告振出しのものとするとされたのは、与信銀行たる大和銀行が信用状開設に当り、製造業者振出しの約束手形を要求した結果である。

7  右同日、桑正の小林茂英と被告の購買担当常務取締役(喜多幡真一との間でも、売買契約書(甲第四号証)を授受し、左記の約定で、桑正は被告に対し、右ソ連産化学用クローム鉱石一、五〇〇M/Tを売却する旨を約した。

(一) 基準価格、価格調整、受渡数量の決定、品位、受渡条件 上叙6におけると同じ。

(二) 支払条件 被告は、最終受渡数量および品位決定次第、磅ユーザンス満期日(昭和四〇年一一月二〇日)より起算して五か月目(昭和四一年四月二〇日)を支払日とする約束手形を磅ユーザンス期日までに桑正に交付すること。はねかえり金利は、被告の負担とし別途桑正あて支払うものとする。

8  ついで、昭和四〇年六月三〇日、原告の松宮康夫と被告の喜多幡真一との間で、「昭和三九年一二月二五日付ソ連産化学用クローム鉱石に係る売買契約書に関し、昭和四〇年六月積一、五〇〇M/Tおよび昭和四〇年七月積三、〇〇〇M/T合計四、五〇〇M/Tについては、桑正経由(昭和四〇年六月二二日付および昭和四〇年六月二三日付原告と桑正との間に締結された売買契約書に基づく。)にて、原告より被告に納入されるものとする。」旨の記載のある協定書(甲第五号証)が授受された。

9  原告は、昭和四〇年七月二七日より同月二九日にわたつて、前記鉱石一、五〇〇M/Tを、被告の富山工場に納込渡しして桑正に引渡し、同時に右鉱石は桑正から被告に引渡されたが(桑正から被告への引渡しは、争がない。)、当事者の全く予期しない桑正の業績悪化、昭和四〇年八月二七日、手形の支払い停止、同年一〇月一九日、神戸地方裁判所による破産宣告という事態を生じたので、被告は、桑正に対して、前記約定の約束手形の交付を留保するに至った。

10  以上のとおり認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(第一次的請求について)

二 原告は、右の認定事実に反し、本件一、五〇〇M/Tも、実際は、原告と被告との、基本契約に基づく、直接の売買であると、まず、主張し、≪証拠省略≫中には右主張に副う供述があるが、右供述は上記のように採用することができない。

しかして、本件鉱石一、五〇〇M/Tについて、原告と桑正、桑正と被告との間で、それぞれ、売買契約を締結せざるをえなかったのは、専ら、原告の事情によるものであり、信用状開設銀行たる大和銀行との関係では、信用状発行に関する決済の責任者は原告となすべきこと上記認定のとおりである。

被告が、桑正に対して手形を振出してこれを交付すべきことは被告と桑正との間で契約され、桑正が、被告振出の手形に裏書し、これを被告に交付すべきことは桑正と被告との間で、約されていたことは上記に認定するところであるが、被告と原告との間で、被告が原告に対して右手形を振出す義務を負う旨の確たる約束がなされていたとか、あるいは右鉱石一、五〇〇M/Tの売買代金について、被告が、原告の利益を直接保証し、原告に直接これを支払うなどとの合意がなされたことについては、これを認めるに足りる証拠がない。

昭和四〇年六月二二日、原告と被告との間において、本件鉱石一、五〇〇M/Tの売買代金、はねかえり金利の決済については、基本契約とは別途にすることにして、原告と桑正、桑正と被告とのそれぞれの間の前記各契約に従って処理する旨の合意が成立したと見るべきである。基本契約に基づく直接の売買であるとする原告の第一次的請求は、理由がない。

(第二次的請求について)

三1 第二次的請求の請求原因第2項および桑正が、昭和四〇年七月二七日より同月二九日にわたって、被告に対してソ連産化学クローム鉱石一、五〇〇M/Tを被告の富山工場において引渡したことは当事者間に争いがない。

2 右争いのない事実に、前記認定事実および弁論の全趣旨を加えると、第二次的請求の請求原因第1ないし第3項記載の各事実および同第4項のうち本件鉱石一、五〇〇M/Tの売買代金は、はねかえり金利をのぞき、金一六、六三九、四八五円と決定した事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3 右認定事実によれば、原告は、桑正に対して、桑正は、被告に対して、右鉱石一、五〇〇M/Tの基本売買代金一六、六三九、四八五円およびこれに対する、いわゆるはねかえり金利である昭和四〇年一一月二一日以降約定による約束手形の満期日の昭和四一年四月二〇日まで一日について金一〇〇円につき金二銭の割合いによる金員について債権を有し(右昭和四一年四月二〇日後の損害金については具体的主張がない。)、原告は、民法第三二二条、第三四一条、第三七四条の規定の制限内で、桑正に対する右債権について、右鉱石一、五〇〇M/Tの上に先取特権を有するというべきところ、同鉱石は、上叙のとおり、桑正により被告に売却されたのであるから、原告は、桑正の被告に対する右債権の上に物上代位権を有する。

4 ところで、被告は、原告が物上代位権を行使するためには、原告が移付命令を取得することを要するものと解すべきである旨主張するのでこの点について判断する。

物上代位は、目的物の交換価値からの優先弁済を目的とする担保物権の目的物が変形して、現実的に、交換価値が具現した場合にも、この具現したものに対して右担保物権の効力が及ぶとするもので、これは、右担保物権の目的物に対する交換価値権性に基くものというべきところ、右交換価値が、すでに金銭債権という形で顕在化したときは、右担保物権がこの金銭債権の上の債権質権に類似した優先権となるものと解し、代位物が特定され、しかも、これが公示されて、第三債務者や債権の譲受人等を不慮の損害から守る処置がとられる限り、物上代位権を行使するためには、必ずしも、民事訴訟法に定める移付命令によることなく、民法第三六七条の規定の趣旨に則って、債権者は、第三債務者に対して、代位物である金銭債権を直接に取立てることができるものと解すべきである。

5 しかして、事実摘示中の当事者間に争いがない事実に≪証拠省略≫を加えると、原告は、昭和四〇年八月三〇日、原告の桑正に対する前記債権のうち金一六、〇二〇、七五二円の債権を保全するため、桑正の被告に対する同金額の売買代金債権に対して仮差押決定(東京地方裁判所昭和四〇年(ヨ)第七、〇三七号債権仮差押申請事件)を取得し、右決定正本は、同年八月三〇日、第三債務者である被告に、同年九月八日、債務者である桑正に、それぞれ、送達されたことが認められるから、原告は、被告に対して、金一六、〇二〇、七五二円の範囲で、物上代位権を行使しうるものというべきである。

原告は第二次的請求として、右金額を超える金員の支払いを求めているが、右金員を超える部分は、理由がない。

6 しかして、被告が、昭和四〇年八月二八日桑正到達の書面で、桑正に対して、別紙目録記載の売買代金債権合計金四〇、九〇一、七九二円をもって、原告主張の本訴債権を含む、桑正の被告に対する債権合計金三八、九五二、二九〇円と対当額において相殺する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

7 原告は、本件債権については相殺禁止の特約があると主張するが、すでに上叙したとおり、昭和四〇年六月二二日原告と被告との間において、本件鉱石一、五〇〇M/Tの売買代金、はねかえり金利の決済については、原告と桑正、桑正と被告とのそれぞれの間の前記契約に従って処理する旨の合意がなされたと認められ、右売買代金について、被告が原告の利益を直接保証することを意味する合意等、本件債権については、被告と桑正との間で相殺の対象となしえないとの特約が原告、被告間に成立したことを認めるに足りる証拠はない。

してみると、原告主張の、桑正の被告に対する金一六、〇二〇、七五二円の債権は、右相殺によって、消滅したというべく、原告の第二次的請求も理由がない。

(第三次的請求について)

四1 事実摘示中の当事者間に争いがない事実に、≪証拠省略≫を加えると、原告は、昭和四二年二月二五日、前記仮差押にかかる金一六、〇二〇、七五二円の債権を、原告の桑正に対する前記売買代金債権の支払いにかえて転付する旨の転付命令(神戸地方裁判所昭和四二年(ヲ)第三五一号)を取得し、右命令正本は、昭和四二年三月二日、桑正の破産管財人本田由雄、本田多賀雄の両名および被告に送達されたことが認められるから、原告は、右転付命令により、桑正の被告に対する債権が存在する限りは、そのうち、金一六、〇二〇、七五二円の範囲でこれを取得したものというべく、原告の第三次的請求のうち、右金額を超える金員の支払いを求める部分は、爾余の点について判断するまでもなく理由がない。

2 東京地方裁判所昭和四〇年(ワ)第八、〇一六号売掛代金請求事件において、本件原告を受継した桑正の破産管財人本田由雄、本田多賀雄の両名は、本件被告に対して、桑正と本件被告との間の前記売買契約に基づき、売買代金一六、六三九、四八五円およびこれに対する昭和四〇年一一月二一日以降完済まで、約定による一日について金一〇〇円につき金二銭の割合による遅延損害金(はねかえり金利)の支払いを求める請求をしたところ、昭和四一年一〇月三一日、右裁判所により、右請求を棄却する旨の判決が言渡され、右判決は、同年一一月一八日、確定したことは当事者に争いがない。

3 しかして、弁論の全趣旨によれば、原告が、第三次的請求において請求する金一六、〇二〇、七五二円の債権は、右訴訟にかかる債権に含まれるものであると認められるところ、上叙するところによれば、原告は、右訴訟での口頭弁論終結後、転付命令によりこれを取得したのであるから、原告は、右訴訟の判決の既判力を受ける承継人にあたるものというべきであり、このことは、原告主張の物上位代権の要件がいつ具備したかにより左右されるものではない。

4 してみると、原告の第三次的請求のうち、一六、〇二〇、七五二円の支払いを求める部分は不適法であり、右金額を超える金員の支払いを求める部分は理由がない。

(結論)

五 従って、原告の第一次的、第二次的請求および第三次的請求のうちの金一六、〇二〇、七五二円を超える金員の支払を求める部分はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、第三次的請求のうち金一六、〇二〇、七五二円の支払いを求める部分は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡成人 裁判官 豊田健 裁判官内藤正久は、転任につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 岡成人)

<以下省略>

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